エデュマップ・プロジェクト

2000年から九州工業大学の硴崎研究室が行ったプロジェクト(通称:エデュマップ・プロジェクト)について,その概要を紹介する。エデュマップ・プロジェクトは,平成12年度に福岡県の粕屋町の小中学校を対象として実証実験を開始し,平成13年度は,福岡県下の4市4町と兵庫県下の1市を対象として,実証実験を行った。

エデュマップ・プロジェクトは、教育用に構築されたWEBGIS(インターネット電子地図)を使用したもので、現在重視されつつあるSTEAM教育の先駆けとなる教育プロジェクトであった。なお、STEAM教育という概念が提唱されたのは2006年頃、現在主要なインターネット電子地図GoogleMapのサービスが開始されたのは2005年であった。エデュマップ・プロジェクトは、STEAM教育の提唱や、GoogleMapの運用開始に5年以上先行した、当時の最先端情報技術と教育手法を取り入れた大変先進的な取り組みであった。

当時のある発表資料の抜粋を以下に示します。


1.教育における電子地図の活用

小中学校では,校区内などの身近な地域を対象として,あるテーマに沿った調査発表を行う学習が,多様な単元において幅広く行われている。このような学習では,大縮尺の地図を用いて調査したり,白地図に調査結果を書き込んだりして学習を進めることが一般的である。最近では,複数の学校が同一のテーマで取材調査,情報交換,意見交換を行いながら学習を進める交流学習の重要性が増してきている。このような交流学習を効果的に行うためには,調査によって得られた地域性の高いデータを,学校間で迅速かつ分かり易く交換できることが重要になる。

このような学習を支援するためには,(1) コンピュータで利用できる電子地図に,(2) 様々な情報を書き込むことが可能で,(3) 書き込まれた情報をインターネット上で発信・共有でき,(4) 多くの学校が参照できるシステムが必要となる。このような機能は,インターネット上で利用できる地理情報システム(WebGIS:インターネット電子地図)により実現することが可能である。このインターネット電子地図を小中学校で利用できれば,幅広い教育分野においてコンピュータやインターネットを活用した広がりや深みを持った教育を実施できると共に,子供たちのコンピュータ・リテラシィの向上も期待できる。さらに,先生方にとっても地図とそれを利用した教育法に馴染んでいるため,地図をインターネット電子地図に置き換えればこれまでの教育手法の延長で,コンピュータを利用した教育を実施することができる。このため,教育の情報化を推し進める上でも電子地図の効果は大きいものと考えられる。

2.エデュマップの利用法

エデュマップのシステムは,サーバーとクライアントから構成される。システムの中核となるサーバーは九州工業大学に設置されており,多数のクライアントの要求に応じて,それぞれに地図画像の提供を行うと共に,場所に関連付けられた文章や画像などを蓄積,提供する。一方クライアントとなる小中学校のPCでは,標準的なWWWブラウザがあれば,それだけでエデュマップが利用できるように構成されている。

エデュマップの利用画面を,図 1に示す。エデュマップには,文章や画像などをはじめとするマルチメディア情報を場所と関連付けて記録することが可能であり,フレームの左側に表示される地図上で,情報が記録されている地点にアイコンとその情報の表題が表示される。その情報の詳細を参照したい場合には,アイコンをマウスでクリックする。クリックした場所に関する情報は,図 1に示すように,画面の右のフレームに表示される。

表示される情報としては基本的には説明文が表示され,関連する写真なども記録されている場合には,それも表題や説明を付加した形で一覧表示される。

図 1 エデュマップの表示例

エデュマップを利用した情報の整理,取り纏め法は,多種多様な情報が場所に関連付けられて非常にわかりやすい形式で表現されると共に,入力された情報は,エデュマップ上にリアルタイムで反映されるという特徴をもっている。この機能を利用することにより,子供たちが学習における調査などで得た多様なマルチメディア情報を,コンピュータ上の電子地図上に記録,整理,分析,表現などしていくまとめ学習に利用することができる。学習の対象としては,簡単に思い付くものだけでも,地域の産業,商業,風物,歴史,環境,動植物,保健福祉など多岐にわたり,その活用範囲は非常に広い。

エデュマップに入力された内容は,個別のコンピュータではなくサーバー上に記録されるため,インターネットを利用できるコンピュータがあれば,どこからでも参照することが出来る。このため,エデュマップは,まとめ学習の成果の学外への発表・発信手段として活用することができる。また,この特徴を利用することにより,複数の学校でテーマを決め,情報交換を行いながら学習を進めていく交流学習の強力なプラットフォームとして利用できる。

インターネット電子地図を利用するだけでも,複数の学校間で分かり易く情報交換を行うことができるが,交流学習を効果的に実施できるように,エデュマップには意見交換のための電子会議室を設けている。この電子会議室は通常のそれとは異なり,各メッセージに,関係する地図上の場所や地図上に記録された情報を指定して,対象となる情報を明示的に示した上で議論を行える機能を導入している。インターネット電子地図の機能と統合されたこの電子会議室により,場所に関係した議論を分かり易く行えるようにしている。

3.エデュマップの活用と成果

平成13年度に実践・公開授業を行った学校は11校となった。エデュマップを利用した実践授業の単元としては,総合的な学習が多く,社会科と国語がそれに続いている。総合的な学習では,環境,障害者福祉,地域調べなどが主なテーマとなっている。また,国語では,地域の風物を詩に詠み,それを場所と関連付けて記録・表現するという興味深い授業が行われた。

エデュマップへの入力は,説明文などの記述能力や,それをキーボードで入力する技能が求められるため,3年生以上での活用となった。また,3年生や4年生は,キーボードの利用経験がほとんどないため,多くの場合入力に手間取ったが,一方で,入力技術の向上も目覚ましく,2時限程度の授業でかなり自由に文の入力ができるようになり,子供たちの達成感の高い授業になっていた。

実践授業では,エデュマップを利用するために特別なカリキュラムは必要なく,これまで白地図で取り纏めを行ってきた授業であれば,自然な形でエデュマップを活用した授業に置き換えられることが改めて確認できた。また,多様な単元でエデュマップを活用できることが確認できるとともに,それにより,コンピュータやインターネットを活用した広がりや深みのある授業にすることができることが確認された。さらに,参加した先生方からは,他のさまざまな授業での活用が可能であるとの実感を得たという意見と,来年度以降はさらに幅広い単元で活用したいという意見が多数得られた。

エデュマップを交流学習に活用した例として,NOx・酸性雨調査を対象とした環境学習が実施された。この学習では,複数の学校が同一時期にNOxと酸性雨の調査を行い,その結果をエデュマップに入力した。その後,児童は相互に他の校区の調査結果を参照したり,交流学習用に整備されたエデュマップの電子会議室を用いて,測定地域の環境の現状と傾向について意見や感想を交換したりした。交流学習の成果として,各校で行った調査をインターネット電子地図上で統合し,酸性雨の状況を校区を越えた視点で捉えることができた。

4.エデュマップの意義

エデュマップを利用して学習成果の取り纏めを行うと,特別な労力を払うこと無く,その結果がインターネットを通じて自動的に社会に発信,公開される事になる。このため,エデュマップの活用効果は,教育の情報化という狭い範囲に留まらない。社会と教育,学校,あるいは子供たちの関係を変革する力を秘めている。

  • 交流学習の支援
    • エデュマップは,登録した情報が自動的にインターネット上で発信されることや,複数の子供や学校によって個別に入力された情報が自然に共有されるといった基本特性がある。このため,多数の学校の子供たちが自然に交流学習を行えるという特徴がある。面識のない学校間でも,エデュマップ上でそれぞれが入力した情報に互いに興味を持ち,そこから交流学習のプロジェクトが開始されることが頻繁に発生するものと期待される。
  • 2)学校と家庭
    • エデュマップを利用した学習では,子供たちが家に帰って家族との団欒の場などで学習内容を話すと,家族がその内容をインターネット上ですぐさま確認できる事になる。これにより,家族は学校でどの様な教育が行われ,子供たちが何を学んでいるかを具体的な形で理解することができる。一方,子供たちにとっては,学習成果を家族に見てもらえることはこの上ない喜びであり,学習意欲や達成感が大きく向上する事になる。
  • 3)学校と地域社会
    • エデュマップを利用して取材の取り纏めを行うと,付加的な労力を要すること無く,インターネット上で地域の取材協力者に学習成果を見てもらうことができる。これにより,学校や子供たちと,地域の人々との交流を自然と深めることができる。また,地域の人々が学校教育に参加している一体感を育む上でも非常に効果があると考えられる。